テノール歌手の大久保 憲です。3・11に被災した、私の叔父家族が住む釜石へ、いたって個人的に支援しておりましたが、この度「釜石応援隊」として組織化いたしました。今後とも変わらぬご支援、ご協力よろしくお願い申し上げます。
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叔父からのメッセージ(コンサートで読み上げたFAXです)
 
「有り難う、釜石から」

 この16日は、お盆の送り火でした。山の
斜面にある墓地の送り火は、いつもの年よりも
はるかに少なく感じられました。
お参りに行く脚が無かったり、帰省する人の
泊まる場所が取れなかったり、遠くの町に
避難したりして、墓参を果たせなかった方々が
多かったのでしょう。

 3月11日の震災から、5ヶ月以上が経ちました。
波で押し込められた路地や建物の中のガレキは
ほぼ取り除かれました。再利用の出来ない
家屋や建造物の撤去が、始められています。
作業が進むにつれ、空洞の建物や更地が
増えて来て、不気味な光景が広がって
います。

 復旧の兆しも少しずつ見えてくるようになり
ました。火力発電所の水蒸気が空に昇って
います。鋼材を積んだトラックが、工場と
湾港とを引っ切り無しに往来しています。商店の
再開や工場の再建も見られます。定置網の
水揚げも始まりました。

 今も大勢のボランティアの方々が来られ、
泥出しやガレキの撤去や川の掃除等に
汗まみれになり、取り組まれています。活動
されている姿を見る度に、勇気づけられて
います。

 練馬の甥達は、震災直後に知人や友人に
呼びかけ、衣料や食品やありとあらゆる生活
用品を送り届けて下さいました。段ボール箱
400箇に近い支援物資の山でした。その箱
には、暖かい励ましと慰めのことばが添え
られていました。一度もお会いしたことの
無かった方々からもです。思いやって下さる
方がこんなに大勢いらっしゃることに驚き
ました。感動致しました。

 寄せられました物資は、仲間と一緒に
避難所、仮設住宅、施設、グループホーム
老人宅等々にお届けして参りました。

 釜石は、明治29年と昭和8年とに津波に
さらわれました。昭和20年には、艦砲
射撃で焼野が原となりました。その都度
多くの生命と生活を失いました。その度毎に
復旧と復興とを遂げて来た土地でもあり
ます。今回も起ち上がれると信じています。

 心を寄せて下さる大勢の皆様方の深い
思いと行動とが、大きな支えとなって行くに
違いありません。

 今日は、釜石応援隊を起ち上げ、コンサートを
開いて下さると聞いています。遠く岩手の地から
耳を傾けています。
 ご参会された皆様方、ご出演下さった
皆々様、そして準備なされた皆様のご健康
を祈念申し上げます。
有り難とうございました。

            平成23年8月19日
    岩手沿岸地区障がい者を支援する
    有志の会

          山 崎*  耀 樹



(*… 崎の字は「大」ではなく「立」)
(題名は「」ではなく原文は下線)
(字送り、折り返しは原文のまま転載)
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 22:03 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
釜石応援隊チャリティコンサートvol.1 終了のお知らせ
 


19日に行いました、
「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」、
おかげさまで盛大のうちに終了することができました。

物資支援をお願いし、それが募金活動となり、
震災から5ヶ月が経ってやっと行うことができた
チャリティコンサートでした。

最大限の力を発揮して演奏してくれた出演者の皆さん、
裏方に徹してくれて、完璧にサポートしてくれた仲間たち、
コンサート開催の為にご協力いただいた、
新国立劇場をはじめとする関係各所、
そしてなにより、当日雨の中ご来場いただいたお客様、
全ての方々に心よりお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

当日、募金も予想を遥かに上回る金額になり、
たくさんのお金を被災者の方々への元へ送ることができそうです。

おって、簡単な収支報告をさせていただきます。

今後も皆さまにお運びいただけますよう、
さまざまなコンサート企画をしております。

今後とも「釜石応援隊」をよろしくお願い申し上げます。

どうもありがとうございました。


大久保 憲
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 20:41 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」


 いよいよ本番となります。

「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」


3月に物資支援をお願いしてから、
5ヶ月が経ちました。

たくさんのお力添えと応援を頂きました。
中にはご批判をいただいたところもありました。

私たち歌手が、チャリティコンサートという形で、
どれだけ復興支援に貢献できるのか、
もちろん不安な部分もあります。

ただ、私個人としては、
この5ヶ月間、叔父らが被災しながらも
現地で奮闘していることへ、
後方支援という形で活動してきて、 
その中で感じたこととして、
やはりそれは「風化させずに続けること」
であることが大切なことだと思っています。


日本中の人、いや、世界中の人が、
自分のできることで復興支援活動をしています。
私たちのこのコンサートはその中でもきっと微々たるもので、
しかもピンポイントでの支援かもしれません。
でも、こればかりは、その支援の「方法」や「規模」ではなく、
「行う」ことに意義があると信じています。

物資支援では、1枚のシャツに大変助かりました。
募金では、100円の重さを痛感しています。

私たちも、
今自分たちができることを、
またこれからも続けていけることを、
「行う」ことが必要であり、
大切なことだと思います。


是非コンサートにお出かけください。

チケットもまだございます。
私に直接ご連絡いただいて構いません。
luckyj@yahoo.co.jp
です。

他の出演者の方からお求め頂いてももちろん結構です。

よろしくお願いいたします。

大久保 憲

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「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」

2011年8月19日 19:00〜
めぐろパーシモンホール 小ホール


出演

   ソプラノ 石田 亜希子 福井 優子  三浦 志保
メゾ・ソプラノ 熊井 千春  立川 かずさ 西本 会里
   テノール 大久保 憲  渡辺 文智
   バリトン 塩入 功司  前田 進一郎
    ピアノ 小埜寺 美樹

全席自由 ¥2,000
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投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 22:24 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
日詰保管場所完全撤収


  

 先週のいささか涼しい日々は終わり、
またまた酷暑が戻ってまいりました。
さながら「夏本番」と言いたいところですが、
ここまで暑いと夏のワクワク気分もすっかり消え去ってしまいます。

さて、震災直後物資のお願いをしてから、
そのお送りいただいた物資を保管しておりました、
岩手県紫波郡日詰の保管場所ですが、
本日8月9日をもって、完全撤収したそうです。

叔父たち現地スタッフによって片付けと清掃を行い、
オーナー様にお返ししたそうです。

私が5月に現地入りした際、
まだなんとなく薄ら寒い時期だったのが嘘のようですが、
あれからもう3ヶ月が経ったんですね…。
早いものです。

オーナー様をはじめ、関係各所の皆様、
本当にありがとうございました。


今後、物資支援をいただけます方は、
釜石の叔父宅へ直接お送りいただけますよう、
改めてよろしくお願い申し上げます。

私達のチャリティコンサートも
いよいよあと10日を切りました。
先日7月31日のコンサートも、
お客様に大変喜んでいただき、
私達出演者もとても嬉しかったのですが、
19日のコンサートではまた違った時間を過ごせる事を、
楽しみにしております。
是非お出かけください!

投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 23:50 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」


 募金をお願いしてから一ヶ月が経とうとしております。

叔父からの連絡では、
今月あたまの時点で、
30万円を超える募金をお受けしたとのこと、
物資のお願いをした当初も驚いたのですが、
募金でもこれだけの方のお力添えをいただけることに、
改めて驚愕と感謝の気持ちでいっぱい…とのことでした。

すでに、募金で物資を購入し被災者のもとへお届けするという形で、
活動は留まることなく行われております。

本当にありがとうございます。
心よりお礼申し上げます。

報道にもありますように、異常とまで感じる酷暑で、 
現地は別の問題を抱え始めました。
腐敗によるハエの大量発生、疫病の懸念、
夏物物資の不足など…

震災から間もなく4ヶ月。
復興相辞任などの茶番劇、
どこまで我が国政府はバカの集まりでいるんでしょうか。


政府批判はこのくらいにして(笑)、
募金をお願いしたことにより、
私達後方支援組は今後なにができるのか、
できれば定期的にでも募金できればいいのですが、
そこは歌い手稼業、低収入の身ではそれもできず…
歌手仲間たちと話し合い、コンサートを開くことになりました。

先にお知らせした通り、
8月19日にコンサートを行います。

このコンサートの収益金は、
制作費を除いた全額を叔父の元へ募金します。

是非皆さま、
コンサートにお運びいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。


「釜石応援隊チャリティコンサートvol.1」

2011年8月19日 19:00〜
めぐろパーシモンホール 小ホール


出演

   ソプラノ 石田 亜希子 福井 優子  三浦 志保
メゾ・ソプラノ 熊井 千春  立川 かずさ 西本 会里
   テノール 大久保 憲  渡辺 文智
   バリトン 塩入 功司  前田 進一郎
    ピアノ 小埜寺 美樹

全席自由 ¥2,000

投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 16:58 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
PHASE 2 - 募金のお願い
 
いよいよ準備が整いました。


先々からお話させていただいておりました、
物資から募金への移行、
いよいよその段階になりました。


私の中では第2段階−フェイズ2ということになります。

物資でのお願いはこれで終了となります。

アポロのロケットでいうと、
はじめの燃料タンクを切り離したところでしょうか。
月へはまだまだですね…。


募金をいただくにあたって、
現地の叔父をはじめ4人の先生方が、
慎重に協議を重ねていった結果、
やっとお受けする環境が整った、とのことでした。


お振込先をお知らせいたします。


ゆうちょ銀行 八三八店 2385679
(記号番号:18300-23856791)

受取人名: 岩手沿岸地区障がい者を支援する有志の会
イワテエンカ゛ンチクショウカ゛イシャヲシエンスルユウシ


となります。

もちろん額といたしましては、
皆様のお気持ちで結構です。
ただ、できましたら広く、周りの方々へ拡げていただければ、
ありがたいと思っております。

ゆうちょ銀行(旧郵便貯金ぱるる)からは、
振込み手数料は無料となりますが、
他の金融機関からは振り込み手数料がかかる場合があります。
恐れ入りますが、ご利用の金融機関へお問い合わせください。

もしくは、私あてにお送りいただければ、
責任を持ってゆうちょの方へ振り込むことも可能です。
私の口座は、ジャパンネット銀行、または三井住友銀行です。
事前にお知らせいただければご対応させていただきます。


これは、いわゆる義援金とは異なります。
義援金は然るべき機関、団体によってプールされ、
それぞれ公平に、均等に配分されるべく、
話し合いが重ねられており、
皆様もご存知の通り、未だ1000億円以上のお金が
被災地、また被災者へ渡っておりません。

私達の場合は、そうではなく、
皆様からお預かりした募金は、
被災者からの要望に即時対応すべく、
現地で物資を購入しお配りします。
また、現地で動いている叔父をはじめとする先生方の、
物資を運搬する為の経費にもなります。
現金を直接被災者へ手渡すことはいたしません。
これはあくまでも今までの活動の延長線上のものであり、
すぐに被災現地で活用する為です。

義援金が手元に配分されない今、
もう一刻の猶予もありません。
国がすぐ動いてくれない現状、
自分達の生活は自分達で守るしかない、
という、現地被災者の方々の声は、
政府には届いていません。
しかし支援する私達にも限界があり、
これ以上続けていくには、
募金を募るしかない、という結果、
この段階になりました。


ご賛同いただければ大変ありがたいと思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。

大久保 憲


※よって、物資の発送は、ここで終了となります。
紫波郡日詰の物資保管場所とさせていただいていたところも、
夏ごろを目処に撤収予定です。
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 15:30 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
現地からの便り−発送停止解除のお知らせ−
  

子供のとき、家の中で大好きなサテン生地の布団にくるまって、
屋根をうつ雨音を聴いているのが好きでした。

強い台風でしたね。
被災地の状況が心配です。


かねてから皆さんにお願いしていた発送先の、
佐藤悟先生から、お便りが届きました。

立ち上げたボランティアグループの、
活動便りというのでしょうか。
手作りでとてもあたたかく、
また確実に皆さんからの物資が、
被災者の方々に届けられていることがわかります。
画像は実際に届いた物をコンピュータにスキャンしたものです。
ぜひご覧ください。



さて、先々から私は「次の段階」に移るころなのか、
ということをここに書いてきましたが、
この、「次の段階」というのは実は、

「募金をつのる」

ということなんです。

別にもったいぶるようなつもりではなく、
実際に可能かどうかをずっと検証しておりました。
この活動を始めた当初から当然想定の中にもあり、
またお申し出もたくさんありました。
しかし、法的な問題、
また実際に現金を現地に送ったところで、物流も途絶え、
事実上お金がなんの役にも立たない状況では、
むやみに募ることもできませんでした。


叔父をはじめ、佐藤先生や工藤先生、
また及川先生といったグループのメンバーは、
皆様からの物資を被災者の方へ直接手渡ししていることは、
皆さんご存知のことだと思います。
ただ、彼らはその全行程を「手弁当」で行っております。
「ボランティアなんだから当然」
と思われるかたもいらっしゃるかも知れませんが、
実際、私が先日2回目に行ったとき、
釜石→日詰の倉庫→大船渡→陸前高田→釜石
という行程で、満タンのガソリンは空になりました。

これ、みんなこうして運んでるの?
という愚問に叔父は、
「やっぱり活動資金が欲しいなぁ…」
とツイート。

そりゃそうでしょう、
こんなことやってたら長くなんて続けられない…。


物資も現地で調達できるようになったのであれば、
お金さえあれば、こちらから送料を払って送るよりも、
現金を送れば、それが物資を購入する資金となり、
運ぶ為の活動資金となり、
現地の経済活性への貢献にもなるとなれば、
やはりここからは、物資をお願いするよりも、
募金をつのって後方支援をする、
という方向へスイッチしていかなくてはならないな…
と、考えておりました。

そこへ叔父からの物資停止要請があったので、
いよいよ募金を始めようかとなったわけです。


行政では、物資が余剰傾向にあり、
しかし、それは皆に行き渡って余っているのではなく、
避難所などに取りにこれないような遠い場所の人たちは、
まだまだ物資がなく酷い状況はなんら変わっていないとのこと。

というのは3日ほど前、叔父は陸前高田のとある避難所に、
教え子さんの一人を訪ねていった時、改めて驚いたそうです。
全く改善されていない、と。
都市部や大きな避難所の被災者の方々は、
だいぶ物も充実し、より新品を求める方が多くなり、
それで物資も余り始めたということで、
先にお知らせした通り、送っていただくのをとめたのですが、
とんでもない、そういった中心より離れたところの方々は、
今でも中古のものでも良いから届けて欲しい、
ありがたく使わせていただく、
ということをおっしゃっていたそうです。


ン千億円の義捐金は、誰のため、何のために集められたのか。
いったい行政は何をやっているのか。
こんな状況下でも「取りに来ればくれてやる」
という、役所根性丸出しの「上から目線」なのか。
もちろん、公というのは、
全ての人へ平等、公平でなくてはならないことは解りますが、
だからって、余ってるから破棄・処分という、
神戸地震の教訓が全く生かされていないことに、
正直情けなさと憤りを感じ得ずにはいられません。

また原発、放射線物質、大問題なのはわかるが、
それを食らう食らわないの前に、
小さな避難所でなんとか生きながらえてる人たちが大勢いること、
原発事故現場だけが被災地ではないことを、
もっと報道すべきではないのか。
ここのところ報道では、震災、津波の被害は
過去のことのように情報が少なくなっている。
もう済んだ事とでも思っているのか。



いずれにせよ、どうこう言っている暇も無く、
公が「面」でとらえていることを
叔父たちは「点」でとらえ、対応している訳で、
我々後方支援者として何が出来るかを、
改めて考えてさせられる話でした。

募金のお願いとお知らせは近々、
送り先や担当者などの詳細が決まり次第、
皆様に改めて発表しますが、
その時は是非ご協力をお願いいたします。

また、やはり募金といえども
「お金」であることには違わないので、
支援する側としても現金はちょっと…と思う方、
たくさんいらっしゃると思うんです。
募金という形よりも、物資での支援はしたいという方が、
今後もお送りいただけるよう、
物資はありがたく頂戴し、送り届けますので、
そちらの方も引き続き宜しくお願いいたします。
つまり発送停止のお願いを解除をします、ということです。

言いたいことがたくさんありすぎて、
なんと説明したらよいか…
思いつきで書いてますので、
話が前後していることもあるかと思います。
相変わらずの駄文にて失礼いたします。

大久保 憲
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 22:50 | コメント(2) | トラックバック(0)| - |
現地からのお話。−物資発送停止のお願い−
 
今朝、東京電力の人が検針に来て、
「いろいろ申し訳ありません」って言ってお詫びの印刷物を
置いていきました。
まぁ確かに会社のことですから、
このおばちゃんもそうしてるんでしょうが、
おばちゃんとメルトダウンがどう関係あるんだろう…
なんだか切ないなぁと思いました。


さて。

継続的に支援を頂いている釜石ですが、
先日、物資についてこんな話になりました。

-------------------------------------------------

かねてから皆様からお送りいただいている支援物資、
今も大変ありがたく、
被災者の皆様のもとへお届けしているのですが、
実はここのところ、被災者の方々の要望に変化が出てきました。
というのは、大きな避難所や、自宅被災者などの方々の生活が、
比較的以前より落ち着いてきて、
物資の要望が、より「新品」を求めるようになってきました。
特に衣服については、中古のものはなかなか需要がなくなってきて、
行政に届いている中古の衣服は、
一定の期間をおいて、順に焼却処分されているそうです。
これは、報道ではあまり明らかにされていないのですが、
実際、阪神大震災の際にも、こういった事が起こり、
行政の担当者も、渋々…といった状況だそうです。

で、我々の元に届いている中古の衣服については、
ほぼ手渡されていますが、まだ若干残っていて、
ではこれは処分するかというとそうではなく、
港で働く方々へ持っていき、喜ばれているので、
そこは問題ないのですが、今後の問題として、
中古の衣服、また、他の物資についても、
中古のものは余剰する可能性が高い、と判断しました。

また、我々は実質4人で物資を手渡しているので、
どうにも人手が足りず、まだ物資がたくさんあり、
しかしピンポイントで今必要とされるものが無かったり、
といった具合もあり、
状況を鑑みて、ここは一旦物資の送付を停止していただけませんか?
----------------------------------------------------------

という話でした。

なるほどこういう状況になるだろうことは、
私もかねてから想定はしていたので、
特に驚くことではありません。

そういう叔父からの話ですので、
一旦皆様からの支援物資送付を、
停止していただきたく存じます。



…ですがそろそろ、私が想定している、
次のステップに移らなければならないかな…
というように感じました。
このことについては、次に。
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 13:57 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
つづきません…
 つづく

と銘打った割には、
その後の道程には大きくお伝えするようなことはなく、
陸前高田を後にし、来た道をたどって釜石まで戻りました。

東京への帰路、
一度見ればじゅうぶんなほどの凄惨な状況を、
二度も見てしまった自分のなかに、

我々が一番したいことは何か
現地が一番必要としていることは何か

と、10時間近くかかる運転中、
ずっと問いかけながら帰ってきました。


今回の叔父との道中、
叔父はあることを口にしていました。

いままだそのことはここには書きませんが、
現在それを具体化する為に準備しています。
近々、それはまたアナウンスさせていただくとして、
皆さんがこの先どのくらい力になってくれるのか、
期待と不安が入り混じった時間をすごしています。

この週末、とあるチャリティコンサートのお手伝い出演依頼があり、
久々に歌うことになったので、
今はその準備に集中しています。

また、この先にも、歌わせて頂く仕事が舞い込み、
ありがたいと思う反面、
日常に戻りつつある自分とその周りに、
居心地の悪さと違和感を覚えながら、
まずは歌える体に調整し直します。

投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 11:39 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
大船渡〜陸前高田 その2
 
むずむず症候群などという病気があるようですね。
睡眠障害のひとつだそうです。
私の体内時計は完全に壊れてしまっているようです。
スイス製に替えられないもんでしょうか。


陸前高田まであと5〜6kmというところ、
本来なら広大な水田地区なはずのところは、
瓦礫と汚泥で埋め尽くされ、
ここまで水が来たのか…と嘆息しかでませんでした。

我々は先を急ぎ、
国道45号線を進むと、海に出ました。

高田松原―
 全長2キロメートルに渡り、
 7万本の松林と砂浜が続く
 岩手県陸前高田市の景勝地。
 日本百景、国の名勝に
 選定・指定されている。

どこが高田松原「だった」のか、
すでに判らないほど、完全に壊滅し、
逆に山側を見ても、そこにかつて街があったかどうかは、
瓦礫と土台、ぽつりぽつりと残った背の高いビルの残骸でしか、
判別できませんでした。

壊滅―

たった40年の私の生涯で初めて目にする、
壊滅した街。

叔父との会話の中で、
きっと不謹慎かもしれないけど、
これを見てしまったら仕方がないよね、

釜石は…まだマシ。

とっさに感じたのはこれだけではなく、
もしこれが東京だったら…
数百万、数千万の人が、
ヒトではない別の物体に姿を変えることは間違いない…。
今回、前回と、私は2回被災地入りしましたが、
1度目に見た時には無かった、
「脚が竦む」という生理現象が起こりました。

これだけ広いところなのに、この虚無な空気はなんだろう…
人がいない。
かつて普通に街として機能していたはずのこれだけの土地に、
人がぜんぜんいない…。
きっと避難所などにみな散らばって避難しているんだ、
と思わないと、思考機能がショートしてしまう。。。


呆然と止まった時間を取り戻すように、
かつて叔父たちの住んでいた、
高田町の住居へと、車を進めました。


 つづく。
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 11:41 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |