テノール歌手の大久保 憲です。3・11に被災した、私の叔父家族が住む釜石へ、いたって個人的に支援しておりましたが、この度「釜石応援隊」として組織化いたしました。今後とも変わらぬご支援、ご協力よろしくお願い申し上げます。
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大槌町
 
 
  
 


なんだか体調がおかしなことになってます。

昨日自宅から、手元に届いてまとめてあったラスト12ケースを
現地に送り、一旦休止となりました。
現地の叔父から連絡があり、

「現在、独自の物資流通ルートを構築中なので、もう少し待ってください」

とのことでした。
近々にまたお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。


さて。


釜石の北側にある鵜住居町、箱崎町、大槌町にも行ってきました。

ここは手付かずの状態で、
災害直後に近い状態がまた残されていました。
初動の遺体捜索と、道を確保するための瓦礫撤去のみが行われ、
ボクが着いた時は、自衛隊、警察、消防の各隊員による、
瓦礫の中の遺体捜索が行われていました。

釜石市内ではそれほど感じなかったのですが、
汚泥がすごい。
粘土質(触ってはいません、見た目です)のような土が、
40cm?50cm?くらいでしょうか、堆積し、
瓦礫の上から積もり、干潟のような感じですね、
街全体がそんな感じになってました。
自衛隊員が長い棒のようなものを持って、
その土の上から差し込み、何かを探しているようでした。
言うまでもありませんね。まだまだあの瓦礫と泥の中に、
きっと遺体が埋まっているんでしょうね。
なぜかというと…街全体が臭いんです。
車の窓を開けた瞬間、ものすごい磯のにおい。
表現としては風情な感じですが、
港ならわかりますが、街全体が、というのは、やはりおかしい。
それも、港でよく感じるあの「磯臭さ」が、
すごく強いにおいで襲ってくる。
警備に立つ兵庫県警、千葉県警の警官、
捜索している自衛隊員、消防隊員、
みなマスクをしています。それもガスマスクみたいな強靭なものをしている隊員も。

とにかく臭い。とりあえず我々はとある人を探していたので、
箱崎町旧白石小学校まで先を急ぎました。

(ボクらが東京に向かっている時、
叔父は東京の母親に電話で言ったそうですが、
あの磯臭さは、潮のにおいだけではなく、
あれが死臭が混じったにおいで、
その場でボクや弟には言えなかった、と言ってたそうです。)


鵜住居の港も、壊滅。
完全に戦闘による爆撃を受けたような光景です。
スタットレスタイヤを履いたハイエースでは、本当に心細かった。
ジープやハマーH1が欲しかった。
というのは、まだ手付かずなので、
木片から突き出ているクギや、割れたガラスが散乱していて、
もし踏んでパンクしたら、そこで立ち往生。
今思えば、ちょっと無茶だったな、と反省しているところです。

防波堤はことごとく決壊しており、
堤防の内側を通れる道は陥没し、ところどころが海になって通れず。
元々道路であったであろうところを20km/hくらいでゆっくり進みました。
だから余計に辺りの状況をみることができ、(しかも臭い)
もし遺体を発見したらすぐ通報だな…と緊張しながらの運転でした。

防波堤に沿って進む沿岸の道路、
こんな災害がなければ、なんと美しい風景なんだろう、
と思いながら先を進み、次の集落までのちょっと長い峠を
クネクネと進みます。
リアス式海岸なので、本当に高低さの激しい峠でした。
そろそろこの辺かな?と右カーブを出たところで、
車が2台、ガードレールに引っかかってました。
すみません、思わず止まって笑ってしまいました。
だって、おかしいもの。あんな形で車が落ちるわけない。
どう考えてもこの2台、下から来てるよね、と弟も。
降りて下を覗くと、ゆうに3〜40mはありますね、
立派な高台です。もう想像できない。
小学校はそこからすぐでした。
結果探していた人はそこにはおらず、
既に釜石市内の総合体育館に全員移っている、と、
たまたまそこにいた若い漁師に言われました。

結局、我々は釜石市内に戻ろうと、
その2台をもう一度見て、
来た道をゆっくり戻りました。


つづく。
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 08:59 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
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