テノール歌手の大久保 憲です。3・11に被災した、私の叔父家族が住む釜石へ、いたって個人的に支援しておりましたが、この度「釜石応援隊」として組織化いたしました。今後とも変わらぬご支援、ご協力よろしくお願い申し上げます。
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大船渡〜陸前高田 その2
 
むずむず症候群などという病気があるようですね。
睡眠障害のひとつだそうです。
私の体内時計は完全に壊れてしまっているようです。
スイス製に替えられないもんでしょうか。


陸前高田まであと5〜6kmというところ、
本来なら広大な水田地区なはずのところは、
瓦礫と汚泥で埋め尽くされ、
ここまで水が来たのか…と嘆息しかでませんでした。

我々は先を急ぎ、
国道45号線を進むと、海に出ました。

高田松原―
 全長2キロメートルに渡り、
 7万本の松林と砂浜が続く
 岩手県陸前高田市の景勝地。
 日本百景、国の名勝に
 選定・指定されている。

どこが高田松原「だった」のか、
すでに判らないほど、完全に壊滅し、
逆に山側を見ても、そこにかつて街があったかどうかは、
瓦礫と土台、ぽつりぽつりと残った背の高いビルの残骸でしか、
判別できませんでした。

壊滅―

たった40年の私の生涯で初めて目にする、
壊滅した街。

叔父との会話の中で、
きっと不謹慎かもしれないけど、
これを見てしまったら仕方がないよね、

釜石は…まだマシ。

とっさに感じたのはこれだけではなく、
もしこれが東京だったら…
数百万、数千万の人が、
ヒトではない別の物体に姿を変えることは間違いない…。
今回、前回と、私は2回被災地入りしましたが、
1度目に見た時には無かった、
「脚が竦む」という生理現象が起こりました。

これだけ広いところなのに、この虚無な空気はなんだろう…
人がいない。
かつて普通に街として機能していたはずのこれだけの土地に、
人がぜんぜんいない…。
きっと避難所などにみな散らばって避難しているんだ、
と思わないと、思考機能がショートしてしまう。。。


呆然と止まった時間を取り戻すように、
かつて叔父たちの住んでいた、
高田町の住居へと、車を進めました。


 つづく。
投稿者 : Lucky J | 釜石関係 | 11:41 | コメント(0) | トラックバック(0)| - |
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